数年前Bar PálinkaのブログでBar開業までのエピソードを綴った。定期的に読み返してくれる方も結構な数いるということを普段の営業で聞く。あれ面白いもんな。わかるよ。
そのブログにも軽く記載はしたが、そこまで深く言及しなかった「パーリンカを専門的に扱おうと思ったきっかけ」がある。
今日はこれについて書いていこうと思う。
いわゆる続編。
これは前日譚であり、後日譚。
どんどんぱふぱふ!(全Bar Pálinkaファンが湧き上がり歓声が上がる音)
そして今回は今までで一番長文。読むのが面倒な人は下まで飛ばして。
でも、できたら読んで。飛ばさないで。うーん、わがまま。
パーリンカとは
「パーリンカ」という、まだ知名度の低いお酒を専門的に扱っていると営業中も頻繁に様々な質問をされる。
この記事で初めましての方もいると思うので改めてパーリンカの説明を簡単に記しておく。
知ってる方もね、復習を兼ねてね。
パーリンカとは
ハンガリーのフルーツの蒸溜酒だ。ボトル1本に10kg前後ものフルーツを使用しており、とにかく香りに特化した「飲む香水」とも言えるお酒。日本での知名度は低く、バーテンダーやソムリエといったお酒のプロでもまだ知らない人が多いハンガリーの伝統文化の一つ。
ウイスキーやブランデーと違い、多くのパーリンカは樽熟成ではなくステンレスタンクでの熟成を行うため無色透明で、樽由来の味や香りがなく、素材の香りがそのまま楽しめるというもの。
法律でパーリンカを名乗るための製法に関する条件がいくつか設けられており「ハンガリー産のフルーツを使用」「ハンガリー国内で加工、瓶詰めまで行う」「アルコール度数は37.5%〜86%」「熟成はステンレスタンク、または木樽」「添加物禁止」などがある。(厳密にいうとパーリンカの産地としてオーストリアの一部地域が例外的に認められている。元々同じ国だしね。国境が今の場所にあるだけという視点。ルーマニアでもパーリンカって言ったりするしね。他意はないです。)
Bar Pálinkaはこの「パーリンカ」を始めとした世界中のお酒を扱っている、オーセンティックバーだ。
スタンダードカクテルの注文も多い。「パーリンカがメインだけど一通り色々なお酒が飲めるバー」くらいに思っておいてほしい。はて、専門店とは…?
そして当店では自社でお酒の輸入も行っており、年に数回海外の蒸溜所を直接訪問し、生産者と絆を深め信頼関係を築き、そして今まで日本に流通のなかったお酒をお客様へ届けるべく、成分検査や通関手続きなども全て自社完結させている。おはようからおやすみまで。みたいなノリで全部自社で完結させているメーカーは日本中探してもなかなかいないと思う。
輸入業務はバーテンダーという仕事上、本来は必要のない業務ではある。しかし、扱うアイテムが特殊ゆえ輸入業者がおらず、ならば自分たちで輸入をしようということで今のスタイルになっている。輸入をしたい、という気持ちがベースにあったわけではなく、仕方なく輸入も自社で行っているわけだが今思い返してみると輸入に携わって本当に良かったと思う。物流を知ることができたおかげで今まで感じることのなかった有り難みに気付くことができた。これに関しては同業者の皆さんにも知っていただきたい側面でもある。
バーテンダーとして生産者の元を訪問するということ
蒸溜所や醸造所、酒造を訪問すると言うのは多くのバーテンダーや酒類関係者が行動に移している。日本国内はもとよりスコットランドやフランスへ訪れると言うのはSNSの投稿を見ていても珍しくはない。
自分自身も高校生の時にサントリー山﨑蒸溜所の見学へいったことがある。14年くらい前だったか。当然アルコールは飲めないが貯蔵庫を見学した時、全身で感じたあの芳醇な香りと重厚感を伴うアルコールに包まれる感覚は忘れられない。
奇跡的に当時の写真があってワロタ。18歳の松沢。
それ以降も様々な蒸溜所を見学していくことになるが、このインターネットの普及しきった情報社会ではある程度の疑問は調べたら解決する。それでも蒸溜所へ訪れる意味とはなんなのだろうかと疑問に思うことが増えていった。まるでスタンプラリーのように蒸溜所行ってきました!という投稿を見るたびにその疑念が大きくなっていくのを感じている自分がいた。もちろん、現地の空気を感じることで思い入れが伝わることもあるし、憧れの地へ訪れる所謂”聖地巡礼”という意味ではそれぞれの中に大きな意味があるのは承知の上でだ。行ってきたよー!とても良かった!(小並感)これでも満点だとも思う。
自分の中で大きく認識が変わった投稿…というか、人物がいた。浅草BAR DORASの中森氏だ。
中森氏はコニャックを専門的に取り扱い、現地の蒸溜所へ行き樽を選定し、厳選した樽からボトリングした限定のプライベートボトルをリリースしている。当然フラッと行って「これください」と言って叶うものではない。しっかりとした信頼関係の元に成り立っている。幾度となく通い詰め、信頼を積み重ね貴重な原酒をボトリングさせてもらう。そして販売時には輸入経緯を添えて、1本1本へ思いを込めてお客様へ届ける。自分がやりたいことはこれだ……直感的にそう思った。他にも影響を受けた人物は多くいるが、特に大きな影響を受けたのは中森氏の活動だった。今でもお互いに情報交換をしたり、近況報告をし合う仲だ。20歳も年上の大先輩だが年齢の隔たりを感じさせないほど親密にしていただいている。
バーテンダーとしてできること
もう一つ、自分の中で葛藤があった。
バーテンダーという仕事はお酒はもちろんカクテルで使用するフルーツ、グラスなど、それらを生産しているバー業界における一次生産者がいて、そしてその「1」を組み合わせて「10」にする。何かこう、バーテンダーとして「0」を「1」にできることはないだろうかと考えていた。もちろん空間的価値、経験や感動など形のないものを提供できるという意味ではバーテンダーもすでにそれを完遂できているかもしれない。
自分の中で納得できる何か0→1を……
そんな時に出会ったものがパーリンカだった。
日本での知名度はほぼゼロ。Googleで調べても情報がほとんど出てこない。
先輩バーテンダーに聞いても誰も知らない。でもめちゃくちゃ美味しい。
こんなに美味しいのに誰も知らないなんて……衝撃を受けた。
そうだ、パーリンカを日本に輸入をしてどこでも飲めるくらいまで普及させよう。5年後か10年後か、いつになるかわからないけど例えば旅先でフラッと入ったバーで自分で輸入したパーリンカが飲めるようになったら、そしたら自分の中で納得ができる「バーテンダーとしての0→1」なのではないか、と考えた。
今回の本題について書いていく。
やっとだよ。やっと本題だよ。ここまで前菜。もうお腹いっぱいだろ。
でも、もうちょっとお付き合いくださいませませ。
初めてのハンガリー
Szicsek蒸溜所を訪れた2017年10月19日に出会ったとあるパーリンカ
Szicsek蒸溜所へ行った際のエピソードはこちらをご一読いただきたい。
ちょっとした旅行記。面白おかしく、思いを込めて書いているのでこちらもぜひ。
そしてこちら。
これが全てのきっかけ。
Szicsek蒸溜所のメロンのパーリンカ。(ラベルはリニューアルされるので写真は旧ラベル)
これに出会うまででもフルーツブランデーと言われるジャンルだけで500種類以上は飲んでいたので、ある程度自分の中でどういうものがフルーツブランデーとして美味しいか、はっきりとした物差しがあった。ので、目玉が飛び出るレベルの感動は少なくなってきていた。人生ってそういうもん。(もっと色々なことで感動できる豊かな感受性を大事にしたいね。)
しかしこのメロンのパーリンカを飲んだ瞬間、全身に衝撃が走った。あ、いや、言い直させて。
そ の 時 、 松 沢 に 電 流 走 る 。
いや、本当にそんな感じ。本当に衝撃的な香りに包まれた。ざわ…ざわ…
心からメロメロになってしまった。めろ〜ん。という気分。ざわ……ざわ……
完全に熟成しきっていて、追熟も終えてあと1日くらい置いたら痛み始めるだろうな、と言うくらい完全に熟したメロン。その種の周りのトロッとしたあの部分。その香りが凝縮されていた。ざわわ…ざわわ……
とんでもないぞこれは……とにかくこれは本当にみんなに飲んでもらいたいな…まつざわ……ざわ……
これ一本でいい。
バーテンダーはさまざまなお酒を扱う。ボトル棚にも多くのお酒を並べている。しかし、今後のバーテンダー人生は「これ一本あったら充分だな」と思えるほどの衝撃を受けた。もちろん今後も多くのお酒を扱っていき、その度に新しい衝撃を受けること間違いなしなので1本だけってことはない。新規開拓大事。
世界中に魅力的なお酒は数あるけれど、本当にみんなに飲んでもらいたいなぁと心から思える、感動を分け合いたいと思えるもの。それがこのパーリンカだった。
バーテンダーとして、人生の目標はこれだとはっきりしたものが芽生えた。
開業エピソードの第一話独立開業することを決意した話で書いたときは
>>「何故数ある中でパーリンカなのかと問われると難しい…名前が可愛いからってことにしておこう。なんかこう、可愛いじゃん?」
とちょっと照れ隠しのように流してしまったが、こういった背景があった。
なぜこれを当時書かなかったのか、その理由もある。
Szicsek蒸溜所との出会いの記事でちょっとだけ触れていた部分
>>ちなみに左端で見切れているメロンのパーリンカが松沢の人生を変えた一本。こいつがいなかったらパーリンカ専門でいこうとは思わなかっただろう。でももうハンガリー国内にも在庫が1本もないようで…悲しい。またいつか出会えるといいな。
そう、このパーリンカは一度生産終了になっているのだ。
生産終了というか、正確にいうと中断というか。
どうやらハンガリーではメロンはそこまで人気がないらしい。ウリ科なので野菜の一種として捉えられている節もある。フルーツの蒸溜酒であるパーリンカにおいて、フルーツの印象が薄い素材ということもあるのか、需要が低いらしい。
そして原材料も大量に必要となる。
数年間メロンの質が希望のレベルまで届かず、そして供給量も少なかったため生産をしなくなってしまったのだという。
もう本当に絶望してた。何のために頑張ってたんだろう……と虚無になるほど。
前の記事では「悲しい。また出会えたらいいな。」などと軽く言っているが本当に悲しくてどうしていいのかわからなかった。
生産されていない、もう飲むことができないものを仰々しく書いてしまったらご注文されても断り続ける毎日になることが目に見えていた。
なのであえて書かなかった。許して。
メッセージで連絡を取るたび、ハンガリーで会うたびにに「メロンのパーリンカはまた造らないの…?」と聞き続けた。
どうしても諦めきれなかったのだ。
うーんオタクくん、諦めが悪い。
…
…
再び松沢に電流走る
そんな日々を送っていたとき、信じられないメッセージが届く。
気持ちは伝わった。あなたのためだけに再生産をしよう。(意訳)
嘘だろ……そんな……
もう本当に、こんな嬉しいことがあっていいのか……?
ただの熱量高めの強火オタクが公式に問い合わせし続けるという厄介ムーブをしてしまったのではないか。いろいろな考えが頭をよぎった。
どう考えても厄介です。本当にありがとうございました。
とにかく、このメロンのパーリンカはハンガリーでは流通していない、日本でしか流通していない伝説のパーリンカとなる。ハンガリーにおけるパーリンカの歴史に刻まれて欲しい。50年後くらいにパーリンカに興味持った人たちを困惑させたい。でもこうやってブログに色々書いておく。調べたら出てくるからね。
輸入当日
2025年2月7日
いつもお世話になっているニッポンレンタカー飯田橋駅前店
輸入当日、いつものようにレンタカーで税関へ向かう
本当にいい天気だ。
今日という日のためにずっと頑張ってきた。
そんな日の空として、心に留めようと写真を撮った。
今回は東京税関成田航空貨物出張所。
ついに対面。
人生の夢が叶う日
心から願ったこの日
待ちに待った、メロンのパーリンカが目の前にある。この嬉しさを噛み締め、相棒である菅原と熱い握手を交わす。
メロンのパーリンカと同時にイチゴのパーリンカも日本向けロットとして特別生産をしていただいた。白ブドウ、リンゴ、エルダーベリーも同時輸入。
無事全てのパーリンカの輸入が完了した。破損はゼロ。
2025年2月7日。本日、快晴。
何度も感動を噛み締めながら、輸入完了時にいつも聞くBGMを流しながら東京へ戻る。
これは本当に余談なのでスルーして結構。田村ゆかりさんの楽曲『チアガール in my heart』の一節にある「夢を夢だけで終わらせないで」と言うフレーズに何度も励まされた。歌詞の文脈的には恋愛感情に対してのフレーズだが、仕事で挫けそうになった時や、輸入を完了した日に、夢を叶えた日には必ず聞いている。田村ゆかりさんへ多大なる感謝を。
笹食ってる場合じゃねえ
さて、
パーリンカに魅了されたたった1人のバーテンダーのために再生産までしてくれたんだ。現状で満足してちゃいけない。笹食ってる場合じゃない。これは直接お礼に行かないといけない。
というわけで2025年2月18日ハンガリーへ。
⊂ニニニ( ^ω^)ニニ⊃ブーン
到着!
ここはブダぺシュト市内にあるSzicsek蒸溜所直営のパーリンカショップ。
ここで蒸溜所の方と合流予定。
今回は蒸溜所の方の送迎で蒸溜所まで向かう。
観光地でもなんでもない田舎町。
Tiszaföldvár(ティサフォルドヴァール)
蒸溜所へ到着。
最初の訪問は2017年10月19日。
その時の写真はこちら
今回の写真がこちら
入り口の看板も経年劣化が見られ、月日の流れを感じる。
松沢の経年も感じる……メガネは変わってない。やはりメガネが本体かもしれない。
暖かく迎えてくれるSzicsekの皆さん。
社長は風気味だったが、無理してしっかりと迎えてくださった。
写真は蒸溜所訪問後に一緒に訪れたディナー。
なんかメイン料理が6品連続で出てくるみたいな最高のコース料理で腹パンパンでした。
「改めて、本当にありがとうございます。今回はそのお礼と、今後のスケジュールについての話をしにきました。」
「喜んでくれて何よりだよ。あのメロンのパーリンカは、いや笑なかなか大変だったよ笑」
「パーリンカの造り方はもちろん頭の中に入っています。今回のメロンのパーリンカの具体的な製法について伺いたいのですが…」
「OK。えーと、まずメロンを10トン用意します。」
????
10…トン……?
ちょっと待て。製造数は250本だったはず。
「10…トン……?」
「Igen!(ハンガリー語でyes)」
はいはいワロタワロタ。
今までもぶっ飛んだ数字が多かったけど圧倒的な数の暴力。
1本あたり40kgのメロンが使われている。
いや、本当に……ありが㌧……
( ^ω^)
( ^ω^)…
なんか最近寒いな
種を取り除き、皮と身を使用。
最高すぎるだろこの職場。青空の下で同僚とニコニコしながらメロンを切ってパーリンカを仕込む職場。働きてぇ〜!!
そしてメロンを発酵させアルコール度数5%まで持っていく。
そして蒸溜。蒸溜回数は2回。
蒸溜温度は95度。パーリンカの蒸溜温度としては高温だが、それがSzicsek蒸溜所の魅力。そのままのフレッシュなフルーツの香りというより、加熱されたジャムのような濃厚な甘い香りに仕上がる。
飲んでいただければ全て伝わる。特にメロンとイチゴ。
他のフルーツも充分香りが凝縮されているが、別格。
何度でもいうが大事なのは香りだ。
味ではない。パーリンカは味がしない。
口で味わうものではないので、口に入れたらまず飲み込んでほしい。
そしてその後の呼吸を楽しむ。酒の呼吸ってやつ。壱ノ型、一気。(この流れていくと弍ノ型がどう足掻いても”二日酔い”で救えない)
冗談はさておき、とにかく呼吸を楽しむお酒だ。
特に二呼吸目。「おいしー」と一言感想を漏らし、喋り終えた後。
体温で温まったパーリンカの香りがグンッと上がってくる。これがたまらん。
チビチビ舐めるように飲んでもいいが、無理のない範囲で少し多めに飲んでいただきたい。
というのも、少し多めに飲み込むことで少量飲んだ時には上がってこなかった香りが現れる。これがパーリンカの1番の魅力だ。
余韻が無限に続く(オタク特有の誇張表現)
無限は言い過ぎにしてもとにかく余韻が長い。
過去に販売したパーリンカでもこの余韻は楽しめたが、今回新発売のパーリンカは段違い。
本当に一番伝えたかったもの。
その後も蒸溜所の方々との会話はいろいろな進展を見せた。
今年リリースされる新作のサンプルの試飲もさせていただいた。
Bar Pálinkaオリジナルボトルの話もできた。これはまた続報が出るのでお楽しみに。
待望のパーリンカ、販売告知
Szicsek蒸溜所
新規アイテムの2種類
・Sárgadinnye Pálinka(メロン)
・Szamóca Pálinka(イチゴ)
そして既存アイテムのうち3種類
・Irsai Olivér Pálinka(白ブドウ)
・Jonathan Alma Pálinka(リンゴ)
・Bodza Pálinka(エルダーベリー)
2025年3月29日15時00分 販売開始
私、松沢の人生における一番大きな目標はこれでクリアとなる。
若干の燃え尽き症候群を感じつつも、「フラッと入った店でたまたま自分が輸入したパーリンカがおいてある」というシチュエーションになるレベルまでパーリンカを普及していきたいと思う。まだまだこれから。やっとスタートライン。
何度も目標を達成して、しっかりとゴールしているのだが毎回思うことは同じ。これがスタートライン。
目の前にある1本、1杯のお酒の魅力やロマン、そして歴史背景を、なぜ今目の前にこれ存在しているのか、今後もぜひ皆様と共有していきたい。